横綱白鵬が昨日大関高安に勝って通算1048勝目を挙げ、歴代1位の勝利数となった記事の中で、親方となって後進力士の指導、育成をするのに必須資格である年寄株は、日本国籍を有する人しか取得出来ないと書いた。, 白鵬は日本国籍を有していないため、今のままでは年寄株を取得して、親方となって後進力士の指導、育成をすることは出来ない。, 現役の幕内、十両在位の外国人力士で日本国籍を取得している人は横綱白鵬、日馬富士、鶴竜を含めて誰もおらず、現役力士引退後、親方となって後進力士の指導、育成を希望するならば日本国籍を取得する必要がある。, また、日本国籍を有する元力士でも、過去には年寄株を取得出来ずに準年寄となったり、年寄株を借りて親方になった人もいた。, 元横綱北の湖の一代年寄北の湖親方や、元横綱隆の里の前鳴戸親方(共に故人)は、年寄株が取得出来なかったため、休場する場所が増えたにも関わらず現役に固執せざるを得なかった。, 現役の横綱鶴竜も、近1年では1回しか優勝していない上、優勝した場所以外は休場してばかりだが、年寄株がないため現役に固執しているのだろう。, ちなみに、現在年寄株の貸借は禁止されているため、借り株で親方になることは出来なくなっている。, 元関脇琴錦の朝日山親方は、年寄株をなかなか取得出来ずに、ずっと借り株で部屋付き親方として後進力士の指導、育成をしていたのだが、やっとの思いで朝日山の株を取得して、部屋を興すことになった。, 元琴錦の朝日山親方が二所ノ関一門から伊勢ヶ濱一門に移籍したのは、朝日山が元々伊勢ヶ濱一門の年寄株であって、株を取得する交換条件だったと見られる。, 現役の幕内、十両力士で、すでに年寄株を取得していて、現役力士引退後に親方となって後進力士の指導、育成をする資格、権利を有してる人は、以下のとおり。, なお、現在幕下に番付が下がった元関脇豊ノ島は年寄株錦島を所有していたのだが、現在錦島は高砂部屋の部屋付き親方となっている元関脇朝赤龍に渡っている。, 今年1月に死去した、元小結時天空が所有していた年寄株間垣は、現在は時天空の遺族が所有しているが、豊ノ島が十両に再昇進して関取に復帰すれば、時天空の遺志を継ぐことを条件に遺族から株を譲り受ける可能性がある。, 豊ノ島は2002年1月、時天空は2002年7月初土俵で、豊ノ島は高校、時天空は大学を経て角界入りしたので、年齢は時天空の方が上だが時津風部屋では半年だけだが豊ノ島の方が兄弟子であり、同じ時津風部屋で切磋琢磨して幕内力士になった仲だった。, 豊ノ島はアメブロに公式ブログを開設しているが、時天空が亡くなった時にはひどく悲しんだ記事を書いていた. 力士の土俵人生が30代前半でピリオドが打たれることが多い中、30歳を超えてからの幕下陥落に多くの相撲ファンはああこれで豊ノ島も引退かと思ったものでした。年寄株も取得済みなわけだしと。 ところが豊ノ島は幕下に陥落してから親方株を手放してしまったようです。 本人予想のはるか上を行く2年の幕下生活から脱出し、やっぱりよく似合う大銀杏を載せて土俵に上る豊ノ島。春場所で念願の再入幕を果たしたもののイマイチ元気なく夏場所は十両筆頭に番付を下げておりました。幸い夏場所は勝ち越せたので再び幕内で... 一兵卒として頑張っていた貴乃花親方が秋場所が終わるなり相撲協会に退職願を提出しました。どっひゃあ。平成の大横綱が平成の終りに相撲の世界を去ろうとしていることはある意味非常に象徴的な出来事だとは思います。, 三人の新入幕やみんな大好き豊ノ島の幕内復帰など話題が豊富ななか、八角部屋の北勝富士がめでたく新小結に昇進しました。北勝富士といえばファンからもらった差し入れなどを残らずTwitterで紹介する丁寧さと優しいファン対応で好感度高いですよね。 立派な人気力士の一人ですが今回の小結昇進は「え?新三役だったの?!」という印象があります。相撲ぶりが消極的なわけでもない、むしろ闘志のかたまりみたいな相撲でばりばり上位を撃破してるのに、なぜ今まで上れなかったのでしょう。, 先月突然所属の貴乃花部屋が消滅し、これまでとは異なる環境に放り込まれてどうなることかと心配される中での活躍に胸を熱くする人多数ですが、身長低く体格に恵まれないとされる貴景勝はなぜこんなに強いのか。 そこには元貴乃花親方への恩返しという浪花節的な理由だけではない、なるほどぉ!な理由があるのです。. →北陣(2019年7月25日、遠藤、借株襲名) 里山浩作 さとやま こうさく: 前頭12 佐ノ山(2018年11月23日、千代鳳) 天鎧鵬貴由輝 てんかいほう たかゆき: 前頭8 秀ノ山(2019年3月23日、琴奨菊) →音羽山(2020年2月1日、元益荒雄→阿武咲、借株襲名) 豊ノ島大樹 このところ相撲の強さよりも可愛いことが注目される力士が増えてきました。砂糖菓子の如き甘いお顔の朝乃山とか四股名が顔に似合わん過ぎる極芯道とか。 さて、大栄翔ですが、はっきり申し上げて目立ちません。いくつかの理由で見分けがつかないという理由もありますし、相撲ぶりも目を見張るほどの何かをまだ発揮できてはおりません。 しかし大栄翔は実はとっても可愛くて応援したくなる要素がたくさんの愛すべき力士なのです。, 佐伯市などを提訴した元嘉風の中村親方は裁判に勝てるか 不幸な事故の責任所在を問うことの影響を考えてみる, 翔猿9月場所で敢闘賞!関取衆の新入幕成績一覧 幕内デビューで一番勝ったのは誰だ?!, 朝乃山の不調は彼女と上手く行ってないから?力士の嫁さんに学生時代からの彼女が少ないわけ. Copyright © CyberAgent, Inc. All Rights Reserved. 豊ノ島は2002年1月、時天空は2002年7月初土俵で、豊ノ島は高校、時天空は大学を経て角界入りしたので、年齢は時天空の方が上だが時津風部屋では半年だけだが豊ノ島の方が兄弟子であり、同じ時津風部屋で切磋琢磨して幕内力士になった仲だった。 2年前の名古屋場所前に左のアキレス腱を切り、あれよあれよという間に幕下に陥落してしまったわけですが、それでも実力者の豊ノ島のことですからふた場所三場所で関取に戻ってくるんじゃないかと思われていたんですがねぇ。大銀杏を結うところは思いのほか遠いようです。, 力士の土俵人生が30代前半でピリオドが打たれることが多い中、30歳を超えてからの幕下陥落に多くの相撲ファンはああこれで豊ノ島も引退かと思ったものでした。年寄株も取得済みなわけだしと。, 年寄株の取得条件は十分に満たしているとはいえ、新たな取得はかなり難しくなっている現状があります。豊ノ島34歳(6月で35歳)、いつ関取に戻る?その先はどうなる?, かれこれ1年以上も幕下で相撲をとっている豊ノ島、3月場所が比較的好調だったこともあって5月場所を東の幕下14枚目で迎えます。, 陥落直後は引退も頭をよぎったといいます。そりゃそうだろ。その上あと一息!という場所前にケガをして番付けを下げること2回、一体何の行いが悪かったのか、それとも部屋そのものが何かの祟りに見舞われてるのか。, 豊ノ島は幕下に落っこちる前に錦島の名跡を取得しているとされていました。錦島はもともと所属の時津風部屋の力士が受け継いできた名跡です。豊ノ島が錦島の名跡を持ってるのはとっても自然なこと。, ところが、幕下に陥落した翌年5月に高砂部屋の元朝赤龍が錦島を襲名して驚きました。高砂部屋は一門も違うのに。まあ 最近は年寄名跡と一門の関係がかなりゆるくなっているので、もともとはこの一門の名跡というのが他の一門に流れるのは珍しいことではありませんが。, 相撲協会の職務分掌を見ると正式に取得した株持ち親方の中に錦島がありますから、どうやら一時的に名跡を貸しているわけではなさそうです。, 幕下に落っこちている豊ノ島が親方株を手放した背景に何があるのかは分かりません。幕下生活が長くなってお金がないんじゃないか?なんて憶測もあります。, ただ、ほぼ同期入門で切磋琢磨してきた時天空が病に倒れ、泣く泣く引退して襲名した間垣の名跡が時天空が亡くなった後遺族の元に残されてましたから、錦島を手放しても間垣を譲り受けて継ぐつもりなのかな なんてことを考えてました。, ところが今年の4月に部屋の兄弟子である元土佐豊が間垣を襲名。みたところ借り名跡ではなさそうです。, まだ現役で相撲とってる豊ノ島には失礼ですが、それでもやっぱり今年35歳という年齢はこの先5年10年土俵に上り続けられるとも思えず引退後の去就が気になってきます。, 現在いくつかの空き名跡があることはありますが、ほとんどが来年はもう土俵にいないかも知れない現役力士が所有しています。いま現在完全に空いてるといえるのは今年3月に相撲協会を退職した元麒麟児の北陣くらい。(※この記事を書いた後に北陣は幕内の遠藤が取得しました), 親方衆の定年は65歳ですが、再雇用制度が導入されて70歳まで雇用が継続されるようになったことでなかなか空きが出なくなりました。, 力士の引退後はけっこう早い段階でおよその目処をつけておかないと後々大変だろうなぁと推察されます。今後は角界に残りたい力士衆の間で年寄株の争奪がはじまりそうな感じです。, 豊ノ島は明るくておしゃべり上手ですから、舞の海さんみたいに角界に残らずタレント活動をしながら外側から見守るポジションでもやっていけるだろうとは思います。, そうなったらそうなったで楽しみでもあるけれど、土俵に上ることに対する執念を見せられるとやっぱり相撲の世界にずっと身を置きたいんじゃないかなぁと思ってみたり。, 仲良しで最大のライバルでもある琴奨菊とまた当れるところまで戻りたいという豊ノ島。琴奨菊が落っこちてきて皮肉な形で念願叶いました なんてことになる前に早く大銀杏姿を見せて欲しいものです。, 【追記】夏場所の開催が危ぶまれる4月17日、豊ノ島の引退と年寄 井筒を襲名することが発表されました。なんかいろいろショックだ…(号泣), 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。. 豊ノ島(2018年9月14日撮影) 三役を13場所務め、三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した幕下の豊ノ島(36=時津風)の引退17日、決まった。 年寄株問題(としよりかぶもんだい)とは、日本相撲協会の役員になるために必要な資格である年寄名跡(年寄株)の売買、譲渡にからむ権利関係のことで、1998年には協会の役員人事が大荒れになった。, 相撲界は興業相撲を起源に持っており、年寄衆は元力士のギルド的な存在から発展したものである。そのため、年寄株のやり取りは所有者と襲名希望者との交渉によって成立している。また、相撲界は今に至るまで疑似的な大家族制をとっており、もともと年寄名跡は養子縁組によって相続されるのが通例だった[要出典]。そのため、制度創設当初は、襲名した年寄は引退後の先代の生活を保障する慣行があった。その後、一定の「一時金」を支払って名跡の譲渡を受ける形が一般的になる。更に、どうしても名跡を取得できない力士が、すでに名跡を所有している現役力士や、名跡の所有権を保持したまま協会を退職した元年寄から名跡の襲名権のみを買い取って当座をしのぐ「借株」が発生し、名跡の所有者と実際の襲名者が異なるという事態も生じた。, かつては、年寄名跡保持者(親方)は停年(定年)を迎えるまでに早々と廃業して後進に道を譲ったり、力士時代の生活習慣などが原因で若くして亡くなることが多かった。しかし、徐々に力士の寿命も延び、また停年前に廃業する年寄も減少したためなかなか名跡に空きが出ず、どうしても欲しいと思う者が高値で買い取るようになり相場が高騰する、という事態に陥ってしまった。, 実情はともかく、あくまで名跡の譲渡は当人同士の合意によるものとされていたため、相撲界の閉鎖的な体質もあって、数億とも十数億ともいわれる様になった年寄株の「相場」はなかなか明らかにならなかった。, 若・貴ブームのピークであった1990年代前半は、3億円程度まで暴騰したとも言われている。, 1996年9月、境川理事長(横綱・佐田の山)は年寄名跡の改革私案を理事会に提出した。その骨子は、「年寄名跡の協会帰属」と「年寄名跡の売買禁止」という内容で構成されていた。これに対して、理事を除く年寄で組織された年寄名跡改革小委員会[間垣委員長(横綱・2代若乃花)、高田川副委員長(大関・前の山)]は、境川改革案を圧倒的多数で拒否した。1997年5月、境川は改革私案の全面撤回を表明するに至った。, 1998年1月31日に実施された役員選挙に伴う理事選挙は史上初めて投票となり、境川理事長の退任と時津風理事長(大関・豊山)の新任というトップ交代、協会ナンバー3であった陣幕広報部長兼巡業部長(横綱・北の富士)の退職、さらに高田川新理事が高砂一門から破門されるという大騒動へと波及した。対立の背景には、「年寄名跡改革問題」「相撲茶屋問題」「巡業改革問題」の3点が絡んでいた。, 1998年4月に時津風理事長は、「年寄名跡の所有者と使用者」の情報公開、新たな年寄名跡の賃借禁止(借株禁止)と複数の年寄名跡取得禁止、その代償として準年寄制度の新設という年寄名跡の改革案を理事会で決議した。情報公開により、年寄名跡取引の授受状況が明確となり、公平さの確保が担保された。年寄名跡の新制度は、1998年5月1日施行された。, 借株禁止措置の影響を被る力士への救済措置として、「準年寄」の制度が誕生した。関脇以下の力士に対して、2年間の限定で現役名のままで年寄として協会に残ることを可能にした措置である(定員10名)。, しかし、2年という短い期限内に年寄名跡を取得することは当時は至難の業であり、期間満了が迫った準年寄が軒並み所有者から名跡を借り受けて年寄を襲名するようになり、この新制度をもってしても年寄名跡の貸借は後を絶たず、貸借禁止は2002年初頭あたりまでに有名無実化してしまった。さらに、空き名跡が増加し、協会の業務にも支障をきたすようになった。これを受けて協会の理事会は2002年9月3日に年寄名跡の貸借禁止を解除することを決定し、同時に準年寄の限定期間を1年に短縮、定員も5名に縮小した。一方で、持株と借株の年寄の待遇を差別化する意味で、翌2003年から借株の年寄を全員平年寄に降格し、番付の表記上、同じ平年寄でも持株年寄よりさらに下位に位置付けるようになった。, ところが今度は期限が1年になったことで、逆に期間満了が目前に迫った準年寄が年寄名跡を滑り込みで借りて年寄を襲名する事例が目立つようになった。このため協会は準年寄制度の意義はもはや消失したとして、2006年12月21日に準年寄制度の廃止を決定した。ただし移行措置として、この時点で準年寄だった4名(闘牙・隆の鶴・金開山・春ノ山)については、それぞれの在籍期間が満了するまで準年寄としての地位を引き続き認めた。最後の準年寄となった春ノ山は、期間満了が5日後に迫った2007年11月25日、栃乃洋が所有する年寄名跡を借りて年寄・竹縄を襲名した。, 2011年1月、協会は年寄名跡の買取を検討した。その後、同年8月5日に行われた公益法人制度改革対策委員会で4案が出たがこの場での意見はまとまらず、2012年6月19日の評議員会と理事会において年寄名跡の買取をしないことが正式に決定された。横綱審議委員で弁護士の勝野義孝は「年寄株は『間違いない』という特殊な商号、暖簾であって、これまで売買されたものを協会が『ただで返せ』というのは法的にもおかしい。その場合は買い取るしかない」と年寄名跡の一括管理をする上で元の所有者に対価を支払わないことには反対であった[1]。, 2010年代からの傾向としては公益法人移行や団塊の世代の大量停年による後継者不足などの影響もあって「ゼロが一つ違う」と親方衆がもらすほど名跡の価値が下落し、2013年12月14日の時点では一代年寄を除いた105名跡の内1割超の11名跡が空き名跡となる事態が発生していた[2][3]。, 2014年1月30日に日本相撲協会が公益法人に移行したことに伴い、年寄名跡は日本相撲協会が管理することとなった。また、年寄名跡の襲名及び年寄名跡を襲名する者の推薦に関して金銭等の授受が禁止された[4]。借り株は原則禁止とされ、移行時点で借株で襲名している年寄は3年間に限って現状維持が認められた。しかし猶予期間の3年が過ぎた2020年4月現在、移行前に借株で襲名していた武州山(春日山)、寶智山(君ヶ濱)に加え、移行後に借株で襲名した佐田の富士(山科)、翔天狼(北陣)、里山(佐ノ山)、天鎧鵬(音羽山)、豊ノ島(井筒)を含めた7人が借株年寄で在籍しているが、これについては「年寄名跡及び相撲部屋の新設・承継規程」第6条に基づく「年寄名跡一時的襲名」として扱われている[5]。, 尚、公益法人移行の過程で協会から名跡証書の提出を求められた際、14代鳴戸、21代春日山、16代熊ヶ谷の3人が2013年12月20日に設定された提出期限に間に合わない事態に陥り、同時に名跡の所有に実効性を欠くことが明らかとなった(証書の提出期限が年明け後の2014年1月11日まで延長された)。, 2014年11月に年寄は65歳で停年退職とするものから、希望する年寄は参与として最長で70歳まで再雇用をする規定が新設された。このため、年寄株が不足傾向になり、年寄株を貸している力士や年寄株を取得できない力士がすぐに引退しにくい状況となっている[8][9]。, ただし、11名跡全てが元親方や遺族が保有していたものではなく5名跡は現役力士が保有していた。, なお、年寄は後継者任命権や年寄名跡継承者から顧問料や指導料を受け取ることが認められている。, “豪栄道の奇妙な引退、協会理事選の駆け引きに使われた可能性|NEWSポストセブン”, https://www.news-postseven.com/archives/20200203_1537717.html?DETAIL, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=年寄株問題&oldid=80346307.